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見出し1:薩摩時代

見出し2:薩摩支配後の生活の様子

 薩摩支配後の奄美の人々の生活は大きく変わった。

 薩摩藩は支配後、奄美各所に代官所や奉行所を設置した。
それまで外に向かっての交易を主に行っていた奄美の人々は一転、不慣れな黒糖製造のみ行うことを強いられることとなった(水稲は禁止)。
 大型船の製造を禁止、貨幣の流通を禁止、日用品・食料は薩摩による交換品とすることで完全な植民地とした。

 薩摩藩は1710年に34万5,000両の借金(藩収入は25万両)を抱えていた(当時薩摩藩の財政を窮乏させていた一因といわれる武士層の多さは、全人口の40%といわれ日本一多かった)。そのため奄美へは67%の税を課し(因みに全国平均は50%)、財政立て直しの柱にしようとした。

 奄美支配後、薩摩藩は黒糖により多くの利益を得ることが可能となってきた一方で、25代藩主島津重豪(しげひで)などは浪費を続け、逆に藩債が膨れ上がる結果となった。これに対処するため、その後の奄美に対しての黒糖搾取は熾烈を極めることとなる。

 島民はただただ黒糖作りに追われる毎日であり、既定の年貢(黒糖)を納めることのできない家では豊かな家に身売りするものも少なくなかった(身売りした者を家人(やんちゅう)という)。

 奄美の黒糖製造は厳しい状況下にあったが、中には役人系列から由緒人(ゆかりちゅう)といわれる富裕層も現れ、その経済力は鹿児島の城下士を上回るほどだったといわれる。