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見出し2:大島の行政組織

 琉球王朝の支配下におかれた奄美群島の行政組織はどのようになっていたのでしょうか。

 行政区分については、各「村」の集合体を「郡」と呼び、「郡」の集合体を「間切(まぎり)」と呼んだ。
間切の数は奄美大島では7間切、喜界島では5間切、徳之島では3間切、沖永良部島1間切、与論島1間切などとなっていたが、増減あり。
 間切制は琉球支配と重なって薩摩による支配が行われた以降も引き継がれて行われた。

奄美群島の間切例

 笠利間切(奄美市笠利町)、住用間切(奄美市住用町)、湾間切(喜界島喜界町)、面縄間切(徳之島伊仙町)、永良部間切(沖永良部島知名町・和泊町)、与論間切(与論島与論町)

各官職

・「按司(あじ)」〜大島全島の最高責任者で1人任命された。指揮監督を行う。しかし、早くに廃止された。
・「大親(ふううや)」〜間切の長。間切内の事務を総監した。
・「与人(よひと)」〜間切の事務。
・「目指(めざし)」〜大親・与人の事務。
・「筆子(ふでこ)」〜書記。
・「掟役(おきてやく)」〜区長。