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蘭館山  薩摩藩により1865年から奄美大島4箇所に白糖工場の建設が行われた。その1箇所が名瀬金久町にあった。工場の傍は山手になっており、その山腹に工場建設に携わる英国人技師たちの住宅が作られたようだ。住宅のあった山は以後、「蘭館山(らんかんやま)」と呼ばれるようになった。
 当時、欧米人を一様に「オランダ」と呼んでいたようで、「蘭」の字が付いたようだ。
英国人技師たちの住宅が具体的にどの場所にあったかは定かでないようで、白糖工場の場所も同様に定かではない。
 なお、奄美大島に建設された4箇所の白糖工場はいずれも1869年に燃料である薪の不足や台風の被害等により廃止となった。また、英国人技師の一人、トーマス・ウォートルス(煉瓦技師)はその後、大阪の造幣寮(現「泉布観」=国の重要文化財)建設などに携わり、日本で活躍した。日本へは1864年に長崎商人グラバーによって招かれ来日した。
(写真右:蘭館山登山口付近(冨田酒造横))

(※1)地図は緑の矢印のポイント。


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