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見出し2:俊寛

 しゅんかん。1143年〜1179年。真言宗の僧。

 後白河法皇の側近であった。1177年に鹿ケ谷の陰謀(平家討伐計画)により藤原成経・平康頼らとともに薩摩の国・鬼界ヶ島に流される(※1)。
 鬼界ヶ島については定かではないが、鹿児島県喜界島、鹿児島県硫黄島、長崎県伊王島の説がある。

 鹿児島県喜界町説〜喜界島には俊寛の墓といわれている墓があり、町が1975年に人類学者鈴木尚にその墓に埋葬されていた骨や物品の鑑定を依頼。その結果、島外の相当身分の高い人物のものとの推定がなされた。
 鹿児島県硫黄島説〜平家物語に「常に火が燃えており、硫黄がたくさんある」というような記述がある。この島が硫黄で海が黄色に染まっていることから「黄海ヶ島」と名付けられたという説がある。

(※1)藤原成経・平康頼は後に放免となり鬼界ヶ島を離れ京に帰ることができたが、俊寛はひとり残された(平家物語)。