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見出し2:渡辺千秋

 わたなべ ちあき。1843年〜1921年。長野県岡谷市生まれ。明治〜大正時代の官僚。

 1877年〜1880年鹿児島大書記官。1880年〜1890年鹿児島県令(知事)。その後北海道庁長官、宮内大臣等に就任。

 1877年、西南戦争勃発時の鹿児島へ岩村通俊(県令)と共に赴任。
 1887年、当時知事であった渡辺は鹿児島県議会に「大島郡経済分別に関する議案」を上程し、可決される(※1)。これにより奄美群島(トカラ列島含む)は鹿児島県及び日本本土及び沖縄県とも経済的に切り離され(行き来することさえも制限された)、困窮することとなる(これに抗し、後に島民結束による祖国復帰運動が起こった)。

 (※1 1887年「大島郡経済分別施行令」(鹿児島県令第147号)が可決される。1888年から実施。以後、1940年まで(約53年間)経済分別は続いた。
 鹿児島県令第147号抜粋〜「大島島庁所管の各島嶼は、絶海に点在して、県庁を隔てることほとんど200海里内外にわたり、風土、人情、生業等、内地と異なり、したがって、「地方税」経済上においても、またその利害に関するところ、おのずから異なることにより、「地方税」法第9条により、明治21年度より該島にかかわる経費は左に分別する」)