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見出し1:明治時代〜現代

見出し2:明治維新後の様子

大島紬機織りの様子  1867年に明治政府が樹立し、翌年から明治時代となる。これにより奄美群島もおよそ260年におよぶ薩摩藩の圧政から解放されるかに見えた。

 ところが時代は明治に代わっても、鹿児島県は奄美群島の黒砂糖の独占買占を続けた。薩摩藩士のほとんどがそのまま鹿児島県職員になっただけで体質はそのまま引き継がれる形となった。

  鹿児島県は1873年3月に大蔵省から出された「黒砂糖自由売買通達」を隠蔽したため、奄美群島に通達が知らされることはなかった。通達が出されることを予測していた県は、前もって表向き民営会社を装った「大島商社」を設立。今度は「大島商社」が独占買占めと専売を行った。
 これに対し、丸田南里等は黒砂糖の自由売買運動を始め、その結果、大蔵省の通達から5年を要して大島商社の解体を成し遂げる。

 1878年にようやく自由売買が可能になった後も、鹿児島本土の複数の企業は不当な契約を結ぶ(架空の借金を奄美の人々に負わせる)などしてしばらくは利益を得たものの、長くは続かなかった。

 1888年に鹿児島県議会は奄美群島の経済分離を決定した(以後、1940年までの52年間続く)。それにより北緯30度を境に本土と奄美との往来・物資の輸送が禁止された(黒砂糖自由売買を成し遂げたことに対しての事実上の経済制裁であった)。

 奄美群島が本当の意味で黒糖搾取から解放されたのは、この時点といってよい。
ここまで丸田南里等が黒糖自由売買を叫び始めてから13年の歳月が費やされた。

 その後、大島紬の需要が急激に拡大するなどして奄美群島にようやく明るい兆しが見え始める。
(写真:大島紬の機織りの様子)