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見出し2:富山丸沈没事故

富山丸富山丸供養塔  太平洋戦争時の1944年(昭和19年)6月29日早朝、奄美大島の大島海峡(古仁屋港)を沖縄へ向けて出港した富山丸を含む13隻の船団は、徳之島亀徳沖で待機していたアメリカ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受けた。

 富山丸には沖縄本島へ応援のための兵員4,600名の他、ガソリン入りのドラム缶1,500本等が搭載されていた。
 通常は兵員と大量の燃料とを一緒の船に乗せることはしないが、この時は止むを得ない状況があったものと思われる。
 潜水艦から発射された魚雷は、富山丸に命中して船は大爆発を起こして沈没した。搭載していたガソリンに引火して、その後何度も大爆発を繰り返し、海上はまさに地獄絵のような惨事となった。

 奄美大島側と徳之島側から多くの人が救出に向かったが、約3,700名が戦死。約600名が救助された。
救助された兵員のうち、健康な者約400名が後に沖縄へ向かった。

 当時、富山丸の沈没事故は軍部により緘口令が布かれ、人々の間で語られることは禁止された。
(写真:古仁屋小学校近くにある富山丸供養塔)