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遣唐使船(模型) 遣唐使(遣隋使)は、中国の隋・唐の時代に日本から派遣された使節である。
日本は遣唐使(遣隋使)を派遣することにより、東アジアや世界の情勢を把握し、中国の進んだ文化を取り入れることができた。(写真右:遣唐使船模型)

 しかし、当時の造船技術では渡航は危険と隣り合わせており、渡航途中で遭難して命を落とすことも度々あった(遣唐使では20回の渡航のうち16回渡航に成功した)。

 遣唐使については、当初は「北路」と呼ばれる航路(北九州から朝鮮半島沿いに中国へ渡る航路)がとられていたが、新羅との国交が悪化するとともに使われなくなった。
 代わりに「南路」(長崎県五島列島から東シナ海を横断して中国へ渡る航路)や「南島路」(鹿児島県坊津から南西諸島伝いに南下した後東シナ海を横断し、中国へ渡る航路)が使われるようになった。

 このうち南島路では奄美大島を経由したといわれ、使節団の中に奄美方言の通訳も乗船していたといわれる。

 南島路が使われたのは702年〜752年頃とみられ、南路でうまく航行できなかった時に不定期に使われたとの説もある。